へんな旅ばかりしています。

へんな旅をしているようなので、自分のための防備録的にやってみます。

令和元年20発目、アムトラック大陸横断。その16:ロナルド・レーガン大統領図書館で「エアフォース・ワン」に会う。

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レンタカーで約1時間、ロサンゼルス郊外の「シミバレー」までやってきました。ここにはアメリカの第40代大統領、ロナルド・レーガンの図書館があります。

 

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アメリカの大統領というのはなかなか面白い存在で、なんと当初は「大統領の文書」というのは個人の持ち物、みたいな扱いだったんだそうです。公文書じゃないので保管がいい加減だった、なんてのはマシなほうで、処分されたり売られたりと、そりゃもう適当な扱いをされていたようなんです。そこで、第32代のルーズベルト大統領から「自費で図書館作って国に寄付するからそっちで運営よろしく」という仕組みを作った、らしいのです。それ以降、歴代の大統領は自費で図書館を作り、それを国に寄付して文書保管をするようになりました。で、レーガン大統領の時代から「大統領の文書は公文書」ということになったみたいです、って遅いぞ。

で、この「ロナルド・レーガン大統領図書館」はレーガン大統領時代の文書を誰でも閲覧できる図書館であると同時に、レーガン大統領の「博物館」でもあります。ここ最近では「強いアメリカ」を貫いて人気もある方ということもあってか、10時の開館前に着いたら既に多くの開館待ちの来場者が列を作ってました。

 

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入場料は29.95ドルとかなり高額ですが、図書館の運営費とか結構大変なんだろうな…。

 

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最初にホログラムで気さくに語りかけてくるレーガンさんを見せられます。任期中の様々な危機も「なんとなく許される」感じだったのは、こういう「人柄」によるもの、という見方もあるようですし。このあと、レーガン大統領が政治家になるまでの歩みの展示が続きます。レーガン大統領在任時、日本では「売れない役者上がり」と揶揄する声もあったのですが、ラジオパーソナリティーとしてキャリアをスタートし、役者としてもまぁまぁの人気で、GE提供のテレビ番組の司会を長年務めるなど、芸能人としてのキャリアも決して「ぱっとしない」というワケではなかったようです。その後、政治家を志してカリフォルニア州知事に就任。そして国政に転身し1981年に大統領に就任し二期務めることになったわけです。

 

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大統領就任時の演説台の再現。皆さんここで記念撮影が定番な感じ。

 

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レーガン大統領は就任直後に暗殺未遂にあっています。その時の資料として、その際に着用していた上着などが展示されています。

 

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ホワイトハウスの歴代大統領の執務室「オーバルオフィス」のレーガン大統領時代を再現した展示もあります。

 

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大統領晩餐会の資料も。各国からの要人に振る舞ったメニューも閲覧できるようになっていました。レーガン大統領と「ロン」「ヤス」と呼び合う関係だった中曽根元総理が食したメニューも。

 

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ファーストレディの「活躍」についても紹介されています。

 

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外交の場などで着用したドレスも展示されていました。

 

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で、この「レーガン大統領図書館」までやってきた最大の目的はこれ、「エアフォース・ワン」です。ボーイング707をベースにした先代「エアフォース・ワン」は2機あり、1機はシアトルの「ミュージアム・オブ・フライト」で展示されています。都合7代の大統領に仕えたこの機体、その中でもレーガン大統領が最も利用頻度が高かったということで、ここに収まることになったらしいです。

 

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機内見学も可能。機内の撮影はNGですが、ボランティアの方がいて結構いろいろと説明してくれます。ドアサイドではいかにも「大統領が降りてきました」な体で記念撮影もありました。有料で写真を買わないといけないけど。

 

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大統領専用車も、車列の再現も含めて展示。

 

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また、ここには海軍が所有していた大統領専用ヘリコプター「マリーン・ワン」も展示されているんです。

 

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「エアフォース・ワン」と「マリーン・ワン」がこんなふうに展示されているのは、恐らく世界でもココだけでしょう。

 

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この後は、レーガン大統領の外交的成果を紹介するコーナーになります。こちらはベルリンの壁

 

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ここでメインになるのは、ソ連への外交政策レーガン大統領は「ソ連は経済的に厳しいらしいけど、アメリカが軍備を増強したら対抗せざるを得ない。そうなると経済的困窮がますます酷くなるので市民から反発が起きるのでヤバくなっちゃうに違いない。」という作戦を打ち出し、実際にゴルバチョフによるペレストロイカ、そしてソ連の崩壊への道筋を作った人でもあり、それが最大の功績として紹介されるのは当然かもしれません。ただ、レーガン大統領の時代は日米貿易摩擦が最も悪化した時期でもあります。1982年の日立によるIBM産業スパイ事件から日本製スーパーコンピュータの米国からの閉め出し、1987年の東芝機械によるココム違反事件など象徴的な出来事が任期中に多く起きており、日本製のテレビやパソコンに100%の関税をかけたのもレーガン大統領。「ロン」「ヤス」関係も、そんな悪化した日米関係を改善する流れの中の話だったのですが、日米関係に関する紹介は「貿易摩擦があった」程度で、殆どありませんでした。当時のアメリカにとって日本は「貿易相手としては超イヤなヤツだったけど外交面では共産圏に近く安定した自由主義国として大切」だったせいで抑制的な外交施策が採られていた面もあるので、あんまり目立たない扱いなのかもしれません。

 

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ランチもここのカフェで戴きました。

 

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屋外のテラスで気持ちよく戴きます…のつもりだったのですが、だんだん暑いくらいになってきたので屋内に避難。ただ、ここは長閑な丘陵地帯の丘の上にあって、周囲の景色もいいところです。