へんな旅ばかりしています。

へんな旅をしているようなので、自分のための防備録的にやってみます。

さよならメタボ。「中銀カプセルタワー」を見学してきました。

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銀座の一角にユニークな姿で佇む「中銀カプセルタワービル」。日本を代表する建築家の一人である黒川紀章の代表作として名高いこのビル、最近気になるニュースが流れてきました。

 

www.yomiuri.co.jp

 

確かに随分前から老朽化のため建て替えか保存かで揺れていたのは知っていましたが、「解体を計画する業者へ売却」ってソレ解体はほぼ決定ってことじゃないかい? これは早めに観に行かないと!と有志が実施している見学会に申し込もうとしたのですが、皆さん同じことを考えているみたいで開催予定の日程の空きはすぐ埋まってしまう勢い。東京まで行くタイミングと開催日程がなかなか合わなかったりして先延ばし状態になっていたのですが、7月になってやっと参加する機会を得ることができました。

 

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中銀カプセルタワービルが建つのは銀座といっても新橋駅に近い、汐留の再開発地区のあたりに位置しています。まるでカプセルをたくさんくっつけたような姿をしていますが、それもそのはず。実際に140のカプセルをコアとなる2本のタワーの周囲に接続しているんだもん。このビルが有名なのは単に「有名建築家の黒川紀章の作品」というだけでなく、「メタボリズム建築の代表作」でもあるからです。

 

slips.hatenablog.com

 

メタボリズム建築」については昨年、菊竹清則の設計となる東光園に泊まりにいってました。この中銀カプセルタワービルは「成長・変化する建物」というコンセプトを極限まで突き詰めたような建築で、このカプセルを定期的に取り替えることでビル自体が半永久的に使えるようになることが意図され、加えて同様なビルを日本各地に建てることで「お引っ越しもカプセルまるごと移動」なんてこともできる、というような構想だったそうなんです。

 

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しかしながらカプセルは1972年の竣工以来一度も取り替えられることはなく、充分な修繕も行われないまま、この地から消え去ろうとしています。確かに外部から見ても老朽化がかなり進んでいるのは感じられます。何がどうしてこうなったんだ。

 

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正面玄関で待っていると、見学開始時間に案内の方と合流。土日は正面玄関は施錠されているそうで、通用口から建物内に入りました。ロビーも郵便受けがお洒落なデザインだったりしますが、個人情報が多いため撮影は不可、とのこと。

 

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エレベーターで最上階へ上がり、ここで色々と説明をしていただきました。このビルは本来25年ごとにカプセルを取り替える前提で設計されていたため、配管なども途中で更新することが考慮されておらず、給湯が既にできなくなっているなどの不具合があっても修繕ができない状態なんだそうです。またカプセルは取り外し可能ではあるんですが、当時の技術では「横からすっと引き出す」ようにコアとなるタワーに取り付けることは難しく、フックにカプセルを引っかけるような形になってしまいました。そのため、カプセルを取り外すためにはカプセルを上方向にずらす必要があるのですが、カプセル間にそれだけの隙間が確保されていないため、実質的には上の方からカプセルを全部外して取り替える必要があるんだとか。カプセル取り替えの見積もりを依頼したら、同じようなビルを建てるのと同じような金額になったらしい…。

 

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このビルは2本のコアとなるタワーの周囲にカプセルを接続しているのですが、単純に並んでるわけではなく、高さも少しずつずらしたスキップフロアのようになっていたりします。カプセルの方向も一定ではなく、実際に模型を組みながら検討をしたらしいです。

 

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下を覗くとカプセルの隙間が地上まで繋がっており、本当に独立したカプセルが設置されていることがよく解ります。

 

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説明を聞いていた連絡通路の上にもカプセルが。上下のカプセルの間隔もかなり狭くなっています。

 

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カプセルの床下に配管がありますが、確かにこれではメンテナンスは難しそうです。

 

カプセルの取り替えが実現しなかったことの一因は、このビルが分譲住宅としてカプセルが販売され、多数の区分所有者がいたことかもしれません。つまり「このビル古くなっちゃったけどどうする?」というのが、区分所有者の同意が揃わないと決められない状態だったわけです。ただ、古くからの所有者の間では「建て替え」の意見の方が多かった様子。大規模修繕が行われなかったのも「どうせ建て替えるし」というのがあったようです。そこで、「是非この貴重な建物を残したい」という有志がカプセルを買い取って区分所有者となることで「修繕して保存しよう」勢力を増やしてきました。また同時に、このビルの保存に理解のある事業者捜しも進め、実際に海外のデベロッパーなどで興味をしてしていたところも複数あったようです。しかしながら、そんな努力を無にしてしまったのが新型コロナ。比較的余裕のある方々がセカンドハウス的に所有していたケースが多かったため、本業が厳しくなって資金的余裕がなくなりカプセルを売却するというのが増えてきました。加えて、保存に向けて交渉していたデベロッパーも世界的な不況により話が白紙に。これにより、管理組合が建物ごとの売却を決め、保存はほぼ絶望的になってしまったんだそうです。今後はカプセルの記録を残したり、カプセルのみを保存したりする運動へ移行することになります。

 

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さて、いよいよカプセルの見学に向かいます。見学できる部屋まで階段で移動です。

 

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壁面はグレーですが、竣工当時はピンクとかカラフルな塗装だったそう。

 

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ドアの所にバケツが置いてある部屋があるのですが、雨漏りしているため。

 

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こちらがカプセルの内部です。竣工当時「ビジネスカプセル」と名付けられ、エリートビジネスマンの都心のセカンドハウス的な位置づけで販売されたことから、広さは最小限といった感じ。非常に狭いカプセルですが、このカプセルが販売された際に制作された販促用パンフには「広さが住宅の価値である時代は終わった、これからは機能だ」という黒川紀章のお言葉が載っていました。最小限の面積でも都心に設備の整った部屋を持つのが、彼にとっての未来だったのかもしれません。

 

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カプセルに一箇所設けられた円形の窓ははめ殺しで開閉はできません。カーテンがない代わりに円形のブラインドが設置されていましたが、これが結構ナイーブな作りだったようで、破損して現存していないカプセルが多いそうです。窓は外に開きませんがブラインドの操作のために二重窓の内側は開けることができます。ただ、この「窓が外に空かない」というのが換気の面では苦労するところだとか。

 

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壁面には様々な機能を詰めこんだユニットが。

 

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テレビやオーディオなどがはめ込まれたユニット。この部分の下にはベッドが設置されていました。

 

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電話機にデジタル時計、ラジオ、オープンリールのテープデッキが設置されていました、これは全ての部屋にあったわけではなく、グレードなどによって違っていたそうです。ちなみに一緒に見学していた20代と思しき若い男の子がデッキを指さして「これって何ですか?」と心底不思議そうに質問してました。そりゃ「テープで音楽を聴く」自体を知らない世代だろうしなぁ、

 

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上部には収納スペース。

 

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引き出し式のデスクも。ただ高さが少しばかり微妙らしい…。

 

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一角にはバスルーム。

 

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円形の扉がお洒落ですな。

 

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中にはユニットバスが設置されていました。

 

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洗面台のデザインも円をモチーフにしたもので統一されている感じです。

 

カプセル内にある設備はこれだけ。キッチンや洗濯機置き場などもありませんが、ここが「ホテルの部屋に準じたもの」だと考えれば納得。当初はベッドメイキングやクリーニングのサービスも用意されていたそうです。加えてビジネスマン向けにタイプライターなどの貸出、秘書的な業務を行う「カプセルレディ」も配置。本当に「都心にホテル並みの部屋を持つ」ためのものだったんですね。

 

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見学は1時間ほど。エレベーターで1階へ降りる際に連絡通路を通りましたが、こちらもかなり「荒れている」感じ…。ホントに老朽化が著しいようです。

 

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見学後、外から建物を見てみるとやはり状態はかなり厳しそう…。アスベストの問題もあるらしく、もともと保存は難しかったのかも知れません。個人的にはぜひ残してほしいんですけどね。

 

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最後に通りの反対側からビルの全景を眺めてみました。やっぱりこのレトロフューチャーな感じ、堪らないね。

 

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ちなみに中銀カプセルタワービルの近くにはもう一つ有名なメタボリズム建築があります。それがこの「静岡新聞静岡放送東京支社ビル」で、丹下健三が設計し1967年に竣工しました。実は静岡市にある静岡新聞静岡放送の本社ビルも丹下健三設計だったりするんですよね。

 

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仮囲いがされており「まさかコレも?」と思ったのですが、リノベーション工事だった模様。こちらはまだ残ってくれるようです。