へんな旅ばかりしています。

へんな旅をしているようなので、自分のための防備録的にやってみます。

海外旅行再開!3年ぶりのタイへ。その2:いよいよ出発。

それでは、いよいよ出発です。

 

slips.hatenablog.com

 

考えてみれば、このブログを始めたのはちょうど3年前の2019年5月、元号が令和に変わったのがきっかけ。そして令和に変わった初日の5月1日から出かけたのがタイで、最初にその旅行記を書いたのでした。実質的に閉ざされていた海外旅行の門が開いて再開した最初の一歩もタイというのは、何か運命めいたものを感じてみたり…。

 

出国は中部国際空港セントレアから。以前は日本入国後の移動は公共交通利用不可となっていましたが、2月から自宅までの移動なら利用OKになっていたので、普通に名鉄電車でやってきました。

 

まずはチェックインを済ませます。国内線側はそこそこの賑わいですが、国際線側はGWとは思えない静けさ。手続きの際にはかなり慎重に進めている印象で、タイ入国へ必要な書類もタイランドパスのQRコードや保険の証書などを実際にチェックされました。あとは通常通り、シンガポールまでの搭乗券と乗り継ぎのバンコクまでの搭乗券が2枚、バンコクまで通して預かってもらったバゲージタグを貰います。

 

スカイデッキに出てみると、これから搭乗するシンガポール航空B787が駐機中。それにしても国際線側、これしか飛行機停まってないじゃん…。

 

あとはそのまま出国しちゃいます。今日のセントレアからの出発便、シンガポール行きの後はソウル行き1便、マニラ行き2便のみ。なんでフィリピン行きだけそんなに飛んでんだよ!って感じですが、実は東海エリアって在日フィリピン人が凄く多いんですよね。2020年に新型コロナのパンデミックセントレアの国際線は一時全便運休になってしまったのですが、最初に再開したのがマニラ便だったりするほど。

ちなみに出国手続き、保安検査から出国審査の間に税関検査が増えてました。これから恒常的にそうなるのかは解りませんが、出国者全員に対してパスポートのスキャンを行うような感じ。

 

こんな状態のセントレア、国際線制限エリアのラウンジは全てクローズしています。一応SFCスターアライアンスゴールド所持なのでラウンジアクセスはできる筈ですが、シンガポール航空からの代替策は特にないようです。ビジネスクラス利用だと食事券とかが出てるという噂もありますが…。そこで今回は「プライオリティパス」に活躍して貰うことにしました。実はセントレアでは昨年12月から「プライオリティパス」で使えるレストランが2軒追加されてるんですよ。

 

www.traicy.com

 

1つは「フライトオブドリームズ」にある「イーサン・ストゥウェル」で、こちらは今年1月の札幌行きの際に堪能させて貰いました。

 

slips.hatenablog.com

 

で、もう一軒がこの「海膳空膳」。国際線出発エリアにあるので、当然ながら国際線で出発する旅客しか使うことはできません。まさかこんなに早く恩恵に与れるとは。

 

メニューは一部限定で営業中といった感じ。プライオリティパスでの特典利用では丼や麺類のメイン+おつまみから1品づつ、これにアルコール含むドリンク飲み放題がつく形になります。

 

丼物では一番高額1080円のうな丼に600円の焼き鳥をチョイス。アルコールは一番搾りの缶に加えてキリンのスプリングバレーの生もあって、750円のプライスタグなのにこれも含まれるとの太っ腹対応。あんまり飲み過ぎると飛行機に乗れなくなりそうなのでお替わりはアイスコーヒーにして、締めて2780円分をタダで飲み食いした計算です。しかしまぁタイランドパス申請用の医療保険はカバーしてくれるわフルスペックのプライオリティパスは出してくれちゃうわ、なんて有能なの楽天プレミアムカード。楽天の回し者か俺は。

 

では、いよいよ搭乗です。

 

まぁ予想はしてましたが機内はガラガラ。出発便には特に旅客数の制限はありませんが、到着に関しては1便当たり100名程度に抑えなければなりません。日本に入国せず国際線同士で乗り継ぐ旅客はこれに含まれないので、成田発着便は乗り継ぎ旅客分で混雑している便もあるそうですが、便数が少ないセントレアではそんな需要もなく、といったところでしょう。

 

今までであればシートポケットに入っていた機内誌などはなく、「安全のしおり」とエチケット袋、それにこのキットだけ。袋の中身はマスクにウェットティッシュ、消毒シートでした。

 

セントレアを離陸してベルトサインが消えると、まずはドリンクサービスがありました。通常であればカートを押して様々なドリンクが選べ、スナックなんかも出てくるところですが、トレーで数種類のジュースなどを出すだけの簡素版です。

 

機内食もかなりシンプル。シンガポールといえば機内食には定評があり、エコノミークラスでもトレイいっぱいに皿が並ぶ印象ですが、メインディッシュとパンだけという構成でした。メインはビーフかチキンからの選択で、ビーフはカレーです。薄切り肉が結構たくさん入っていて旨かったぞ。

 

こんな状況でもデザートのアイスクリームはハーゲンダッツというのは、シンガポール航空のせめてものプライドなのかも。

 

飛行時間6時間強でシンガポール・チャンギ国際空港に到着しました。こんなに長時間飛行機に乗ったの、本当に久しぶりだなぁ…。映画も2本も観ちゃったけど「機内で映画を観る」自体が難しい状況でしたからね。

 

降機してボーディングブリッジに足を踏み入れると、一瞬南国特有のもわっと下空気が感じられて「あぁ海外に来た!」という実感が湧きました。ターミナルビルに入ると到着プロセスを知らせる看板がありましたが、今回は乗り継ぎなのでコレは関係なし。ちなみにシンガポール、この時期は既に入国時のPCR検査は必須ではなくなってます。

 

ターミナル内はかなり人出がある印象。アジア各国が入国制限を緩和している分、人の動きも活発化しているのが解ります。

 

ちょっとだけ「シルバークリスラウンジ」に立ち寄り。

 

こちらも座席が一通り埋まる程度には混雑していました。みんな動いてんな…。

 

ラウンジ内の食べ物は全て個包装か、カウンターから盛り付けたものをオーダー毎にサービスするような形で提供されていました。

 

さて、乗り継ぎ便のバンコク行きのゲートへ。乗り継ぎのプロセスはコロナ前と全く同じです。

 

機材はA350。短距離路線ながら大型機が投入されてます。

 

コチラの便はセントレア発と打って変わってかなりの混み具合、おそらく8割くらいは乗ってたんじゃないでしょうか。チャンギを定刻で離陸。

 

飛行時間2時間程度の路線ですが、ちゃんと温かい機内食が提供されます。これ、なんと容器は紙製でカトラリーも木製。いわゆるSDGsってやつかい?

 

トムヤム味のビーフンを選択しましたが、程々にスパイシーでいい感じでした。

 

バンコクスワンナプーム空港に到着したのは定刻の午後7時。ついにタイ来たぞ。

 

入国のプロセスですが、到着コンコースを進むと最初に「タイランドパス」のチェックポイントがあります。ここで「タイランドパス」のQRコードと搭乗券を提示。係員の作業はQRコードをスキャンして搭乗券からの情報を数件入力したら終了といった程度で、処理はすぐに終わりました。そこからは入国審査へ。入国審査でも「タイランドパス」のQRコードは目視でチェックしていました。おそらく申請が済んでいるかだけを確認していると思われますが、スマホ画面で提示するよりはプリントアウトしたものを持っていた方が提示しやすいのでお勧めかも。

 

入国審査を終えれば手荷物を受け取って税関を通過しますが、ここは今まで通り。ここからが違うところで、4月までは「Test&Go」プログラムが適用され、到着ロビーで自分のホテルの出迎えを探さないといけません。ところがコレがホテルが多すぎて、自分の泊まるホテルのスタッフがどこにいるのかさっぱり解りません。ただ、案内係が配置されていて「どこのホテル?」とフォローしてくれ、ホテルのスタッフ同士でもお客を案内しあっているので、意外となんとかなっちゃいました。今回、1泊目の隔離ホテルに選んだのは「グランデセンターポイント ターミナル21」。ロケーションはアソーク駅そばで便利ですし、もともとは日本人利用も多いサービスアパートメントなので、日本人の扱いにも慣れているかも、ということで選択しました。お値段も夕食・朝食付きでトータル1万6千円ほどと悪くない感じでしたし。また「陰性結果が出るまで部屋に缶詰になるのであまりケチらない方がいい」というアドバイスもネットで見つけた体験談にあったりとかね…。で、係員の皆様のヘルプもあってホテルの出迎えにはすぐ会えました。

 

10分ほど待っていたら「車が用意できたので」と外に案内され、この送迎車に乗せられました。相乗りになることもあると聞いていたのですが乗車したのは自分のみ、結局「専用車で移動」となった次第。ホテルまでは30分ほどで到着しました。

 

ホテルに到着するとまずチェックイン。タイにも日本で言うところのCOCOAのような「モーチャナ」というアプリがあり、今ではインストール必須ではないらしいのですが一応入れておいてみました。実はチャンギにいたときに登録してみたのですが、タイランドパスのQRコードを読み取らせても「無効」のレスポンスが来て先に進めなかったんです。ここで再度試してみたら何の問題も無く登録できたので、タイ入国後でないと登録ができないのかもしれません。

 

なおチェックインの際にはこのATK検査キットも渡されました。到着5日目にこれで自主検査して、その結果を「モーチャナ」で報告することが「推奨」されています。

 

チェックインの後はPCR検査。こちらではホテルに病院の検査担当スタッフが常駐して検査を行っているようですが、ホテルによっては送迎の途中で病院に立ち寄って検査するケースもあるみたいです。その後、スタッフの誘導で客室に突っ込まれます。検査結果が陰性であることが確認できるまでは、この部屋から出るのはNG。部屋の鍵を貰えなかったのですが、考えてみたら部屋から出れないので鍵を渡す必要がないのね。

 

お部屋は広くてなかなか快適。バスルームもシャワールームとバスタブが備わっている広々としたつくり。

 

歯ブラシなどのアメニティも揃います。

 

小さなキッチンも備わり、ミネラルウォーターのボトル2本にちょっとしたスナック類も準備されていました。冷蔵庫にもジュースとか置いてあったよ。

 

部屋に籠もらないといけないので2食付きのプランにしたのですが、夕食は4種類のメニューから選べ、LINE経由でオーダーします。洋食でポークソテーとほうれん草のグラタンのセットを頼みました。一緒にオレンジジュースとフルーツも付いてきます。割と旨かったです。

 

翌朝、7時半ちょうどに電話がかかってきて「ユーアーネガティブ」と告げられました。無事「陰性」だったようで、この時点から外出オッケーとなりました。でもまぁ「ネガティブ」とか他人から言われて嬉しく感じるコトなんて普通ないわな。

 

8時半頃、昨晩のウチにオーダーをかけておいた朝食が届きました。一般的な洋朝食の構成でオムレツも焼き具合が絶妙でよろしいのですが、食パンはできればトーストしてくれたりとかのほうが嬉しかったかなぁ。

 

結局10時過ぎにはチェックアウトしてしまったのですが…。

 

フロントで荷物を預かってもらい、周辺をちょっと散策してみました。とりあえず日本円をタイバーツへ両替しないといけないのですが、ちょうどBTSアソーク駅に為替レートがいいことで知られる「スーパーリッチ」の支店があったのでラッキー。

 

またこのホテル、名前からも想像がつくと思いますがショッピングモール「ターミナル21」と同じビルにあります。

 

館内をうろついてみますが、撤退したらしき区画は確かにあるものの賑わいは以前とあまり変わらない印象です。このエリア、「てんや」「やよい軒」に「吉野家」「ペッパーランチ」など日本のイオンモールみたいなテナント構成ですが、これら日本発チェーンも相変わらず頑張っている様子。

 

では、2泊目以降のホテルへと移動しましょうか。

海外旅行再開!3年ぶりのタイへ。その1:準備編。

このGW、海外へ行ってました。渡航先はタイ。

海外へは2年2ヶ月ぶりの出国。タイへの旅行はちょうど2019年のGWに行っていたので実に3年ぶりとなります。まぁこんなご時世ですのでひょいとお手軽にお出かけ、ってワケではなかったんですが…。

 

<なぜ海外?>

きっかけは、今年に入ってから日本人観光客を受け入れる国が増えてきたこと。加えて、3月から日本への帰国時にもワクチン3回接種済みであれば自宅待機が免除となっって「海外に行く」のが比較的現実的になってきたこと、です。

また、出入国規制の緩和が進んできたことで、逆に「今行かないと勿体ないのでは?」とか思い始めてしまったんですな。「いやぁあの時は面倒な手続きで海外に行ったんだよねぇ」とかって体験ができるの、今だけじゃん!

 

<なぜタイ?>

タイはアジアでも観光客受け入れを早期に再開した国の一つで、既に2021年秋には段階的に実施されてきていました。オミクロン株の流行で一時停止されたものの、2月にはこれも再開。もともとタイは日本人の渡航者も多いので、ネットなどで体験談などの情報も得やすい状態でもありました。

そのうち、3月中旬頃に「入国時の陰性証明書を免除する動きがある」というニュースが流れてきます。入国時の必要書類として「出発前に検査を受けた新型コロナの陰性証明書」を求める国は結構あるのですが、これを取得するのには安くても1万円程度、高ければ3万円以上とるところもあったりと、かなりのコストアップ要因になっていました。もちろん、旅行前に検査を受けに行かなきゃいけない手間も面倒。これが不要となるなら、コスト面でも手続き面でも相当ハードルが下がります。

ちょうどANAのマイルが使い道もなく5万マイル以上貯まっていたんですが、試しにコレを使えないか調べてみたら「4/30出発・5/6帰着」というGWど真ん中の日程で無料航空券の枠が空いていることが判明。3万8千マイルで発券でき、諸費用も2万円を切る程度で取れてしまいました。マイルであれば万が一旅行を取りやめる場合でも3000マイル取られますが払い戻し可能。じゃ行くしかねぇ!ということになったわけです。

 

<準備は?>

タイの入国においては、オンラインで「タイランドパス」の申請が必要です。申請に必要なものは下記の通りでした。

1.ワクチンパスポート

タイの場合、ワクチン2回接種でOK。マイナンバーカードは所持しているのでアプリでも持っているのですが、自治体発行の書面のものも用意し、タイランドパスの申請にはこちらを使いました。

なお、日本への帰国時には「ワクチン3回接種」であれば自宅待機が免除されます。自分の場合、3回目を今年2月に接種済みだったんですが、ここで一つ問題が。自治体からの接種券が届く前に職域接種で打って貰ったんですが、3回目の接種記録がなかなか国のシステムに反映されなかったんです。市役所や県庁にも相談したんですが「職域接種でのシステム登録は担当した医療機関でしかできない」の一点張り。結局、検疫所に電話して訊いたんですが「2回接種のワクチンパスポート+3回目の接種記録」があれば3回接種として扱いますよ、との回答でした。

2.医療保険加入証

このときは「新型コロナ治療もカバーする、2万米ドル以上をカバーする医療保険」が必要でした。久々に旅行保険に加入しないとなぁ…と思ったのですが、クレジットカード付帯の保険でも大丈夫。実はカード付帯の保険でも「付保証明書」という、保険に加入していることを証明する書類を発行してくれるんですよ。私、今回初めて知りましたわ…。

ただ、「2万ドル以上」ってのが実は意外と難関でした。というのは、カード付帯保険の「傷害・疾病治療費用」って150万円上限というのが多いんです。しかも「当該カードで旅行費用を支払わないと保険が有効にならない」というカードも結構あります。Rところが「楽天プレミアムカード」だとこれが300万円上限と「2万ドル以上」という条件をクリアし、しかも自動付帯という好待遇。こちらに付保証明書を発行して貰いましたが、金額はドル表記、新型コロナの治療費もカバーする旨の注釈も入ったものを頂くことができました。しかしまぁ、楽天プレミアムカードって「プライオリティパス」もついてくるわで優秀ねぇ…。

3.1泊目のホテル予約

4月まではタイへの入国に際しては「Test&Go」というプログラムが適用されていました。これは事前に「1泊目の宿泊」に「到着時のPCR検査」+「空港からホテルまでの送迎」+「入国5日目の自己検査キット」をセットで予約しないといけないことになっています。各ホテルに直接申し込んで手配を依頼することもできましたが、オンラインのホテル予約サイト「agoda」ではこれをパッケージにしたものを購入可能になっていたので、そちらで手配しました。だいたい、通常の宿泊料金に1万円程度プラス、みたいな感じのお値段で出ているところが多かったです。

 

タイランドパス申請?>

必要書類を揃えてタイランドパスの申請です。書面などのアップロードは画像ファイルで行う必要があるので、PDFファイルなどは変換しておく必要があります。

またパスポートのコピーも必要。これも画像ファイルで用意する必要がある上、余白があるのはダメということになっているのでご注意を。

5月からは不要になりましたが、このときは「Test&Go」のホテル予約確認書もアップロードする必要がありました。ところが「agoda」経由で予約すると、これが不要でした。「agodaで予約」のチェックボックスを選択すると、agodaでの予約番号を入力するボックスが出てきます。ここに自分のホテルの予約番号を入力すると実際の予約記録を検索できるらしく、暫くすると「OK」のレスポンスが返ってきて登録終了、でした。

で、申請後「1週間程度」で承認されればQRコードがメールで送られてきます。自分の場合は申請した翌日には承認のメールが来ましたけど…。スマホなどで表示してもいいみたいですが、印刷して持っていった方が使い勝手がよかったです。

 

そういうわけで、とりあえず準備完了。周囲からも「行ってくれば?」的な反応が多く、あとは出発日を迎えるだけ、となりました。前日には愛知県の無料検査を活用しましたが見事に陰性。なんとか予定通りに出かけられそうです。

 

 

 

ヴォーリズを尋ねて近江八幡。

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ

主には近江八幡を中心に活動した建築家、として知られています。有名どころだとアニメ「けいおん!」のモデルになったと言われる豊郷小学校、建て替えになったけど外観保存された大丸心斎橋店、鴨川のほとりで謎の存在感を誇示する東華菜館あたりが、この人の作品です。

で、当然ながらそのお膝元の近江八幡には多くの建築が残っており、一度行ってみたいとは思っていました。そしたら、こんな企画があるのを発見。

www.biwako-visitors.jp

普段は非公開となっている建物も公開されるうえに解説付き。ちょうどGW初日で都合がついたので、これに参加してきました。

 

近江八幡って名古屋からだと微妙に行きにくい感があります。新幹線で米原まで行って琵琶湖線乗り換えってのが一般的なんでしょうが、名古屋~米原の特急料金は2000円近くかかってしまいます。そこでずっと在来線で行くことにしたのですが…。米原の手前で「車両点検のため」と列車が停まってしまいました。結局、ロクに事情の説明もないまま30分ほど足止めをくらうことに。どうもこのとき、豊橋米原間の東海道線の全列車がまるごと止まってたみたいです。何があった一体。

 

結局、近江八幡駅に到着したのはツアー開始の朝9時半。タクシーでツアーの集合場所となる「ウォーターハウス記念館」へ急ぎました。申込先に遅れる旨を電話で連絡したら「ウォーターハウス記念館で20分ほど滞在するので、それまでに来れれば間に合いますよ」とのことで、なんとか合流できました。

 

普段は非公開の館内も、少しですが見学できました。

 

このあたりは「池田町洋風住宅街」として、ヴォーリズの設計となる3軒の洋風住宅が残されています。この吉田悦蔵邸もその一つ。この隣に一見普通の和風家屋に見える住宅「旧近江家政塾」もありますが、これもヴォーリスの手によるものなんだとか。

 

このエリアの北側にあるのが「ダブルハウス」、2世帯分を一棟とした住宅建築です。ヴォーリズの両親が住んでいたこともあるそうなんですが、実はそれがバームクーヘンで知られる「クラブハリエ」の源なんですよ、という話が。近江八幡の菓子店「たねや」の創業家がこの近くに住んでおり、ヴォーリスの両親家によく出入りしていたんだそう。そこで、アメリカ風の菓子に馴染んでいたことが戦後に「たねや」が洋菓子製造を始めたことに繋がっているんだそうです。ホントかよ、と思ったら「クラブハリエ」のウェブサイトにもそう書いてありました。恐るべしヴォーリズ。ただし「ヴォーリズがバームクーヘンの作り方を教えた」ってのは嘘らしいぞ。

clubharie.jp

 

ツアーは近江八幡の街中を徒歩で移動します。昔からの風情ある建物も多いのですが、どれも手入れが行き届いています。日本で「昔の街並みが残っている」という地域、下手すると「地域が貧しくなったために建て替えもままならない結果として残ってしまった」というケースが実は少なくなかったりして、行政が観光資源として売り出そうとするときに「町の恥をさらすのか」というような地元からの反発を招くこともあります。近江八幡については「大事に使った結果として今でも残っている」という雰囲気がかなり感じられました。大きなお屋敷も結構あって、近江商人の栄華ってところでしょうか。

 

この通りの突き当たりに見えるのが「滋賀県立八幡商業高等学校」。

 

これもヴォーリズの建築なんですが、これこそがヴォーリズ近江八幡に来て活躍することになった「きっかけ」を作った場所。

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ1880年アメリカはカンザス州で生まれたアメリカ人。幼い頃から建築家を志しコロラドカレッジに進学しますが、同時にYMCAの活動にも熱心だったようです。その活動の中で「アジアとかほかの人が行ってないようなトコで布教活動したい!」と強く思うようになり、建築家の夢を捨ててYMCA活動へ没頭。そんな中、日本の近江八幡にできる商業学校での英語教師のポジションの話があり、「日本で宣教できる」とこの話に乗った、というわけです。当時の日本は、日本のモノを海外に売って外貨を得るために「海外と取引ができる商人」を早急に育成する必要がありました。そこで近江商人のメッカであるこの地に商業学校を作ることになったようですが、ヴォーリズ近江八幡の出会いは「偶然」の産物だったのかもしれません。

ヴォーリズの英語教師としての評判は上々だったようですが、彼の本当の目的は「キリスト教の布教」。当時の御雇外国人は校長よりも高給だったそうですが、その財力?で布教活動も積極的に行ったようです。それが問題視されたこともあり、当初の任期であった2年で更新されることなく、ヴォーリズは英語教師としての職を失います。日本の他地域のキリスト教の布教団体や教会などからもお誘いはあったようですが、結局ヴォーリズはこの地に残ることを決めます。ただ教師はクビになったので仕事をしなきゃいけません。そうして始めた事業の一つが「建築家」だった、というわけです。もともと建築家志望として勉強していたわけですから素養はあるんだよね…。また地元の人からも愛される人だったようで、この学校もその現れ。この校舎は1940年にヴォーリズの設計で建て替えられたものなんですが、30年前に自分をクビにした学校の校舎の設計を任された、ということなんですよねコレ。ヴォーリズが教師だった頃の教え子がちょうど実力者になるような頃、その恩師に設計を任せたいと思わせるようなものがあった、というわけで。

 

続いてやってきたのは「近江兄弟社」の本社。これも実はヴォーリズが興した会社です。メンソレータム創始者と知り合ったことでメンソレータムの日本での製造販売権を得たため、この会社を作ることになりました。ただ、いま近江兄弟社が売っているのは「メンターム」。実は近江兄弟社、1970年代に経営不振に陥り会社更生法適用となっています。そのとき「メンソレータム」の権利を米国本社へ返上したんです。その直後、「メンソレータム」自体をロート製薬が買収したため、「メンソレータム」は現在では「ロート製薬」の商品として流通しています。会社再建後、こちらでは「メンターム」として売るようになった、という由。なおこの本社屋と通りを挟んだ対面にはヴォーリズ像があり、近江兄弟社の社員が毎日お花を供えているんだそうです。

 

こちらは旧八幡郵便局。1960年まで現役の郵便局として使われていました。

 

あとで内部も見てきましたが、一部がカフェとして使われていたりします。

 

続いてアンドリュース記念館へ。こちらはヴォーリズキリスト教布教の拠点としていたところになります。

 

ここでは1時間ほど、ヴォーリズ記念館の館長さんによる座学が1時間ほどありましたが、これが面白いのなんのって。

www.youtube.com

冒頭で紹介されたのが米津玄師「Lemon」のPV。この撮影が行われた場所の一つが早稲田の「スコットホール」、ヴォーリズ建築です。こうして今でもヴォーリズ建築が注目され愛されるのは何故か?その理由として「ユーザー目線」を挙げています。建築家が建物に係われるのは竣工まで。一度完成してしまえば、それは施主のものになり、建築家のもとにあった時よりも長い時間を「施主のもの」として過ごすことになります。そこでどう使われたか、が建物の歴史を作る。そのことを理解してヴォーリズが設計を行っていたからではないか、というのです。確かにヴォーリズ建築にはこれといって共通する「様式」が殆どなく、建物毎に個性があります。それは施主の求めるモノを作っただけだから、と。

toyosato-kanko.jp

その一例として挙げられたのが豊郷小学校でした。ちょうど20年前に建て替え問題で町全体を巻き込む大騒動になったところです。強引に建て替えを進める当時の町長と町民が対立、結局は建物は保存されることになりました。確かに「貴重なヴォーリズ建築を守れ」というスローガンが掲げられましたが、地元の方にとって実は「ヴォーリズ建築」というのはさして重要ではありませんでした。地元出身の財界人の巨額な寄付によって当時「東洋一」とも謳われた校舎は自慢の場所で、節目節目の記念撮影をこの後者の前で行ったりと「地域の歴史」そのもの。そんなものを軽々しく撤去するな、という思いの方が強かったようなんです。そこに「ヴォーリズ建築」というトッピングで地域外の人たちも巻き込めた、と。ヴォーリズ建築が素晴らしかったわけではなく、そんな地域に愛される建築を設計できたヴォーリズが凄いのだよ、というお話でした。なるほどね。

 

なお、ちょっとしたお茶菓子も出てきました。ヴォーリズの顔がついたクッキーじゃん。

 

アンドリュース記念館、内部も見どころ満載。撮影禁止でしたが、ヴォーリスの不況にまつわる品なども展示されていました。

 

外観はバリバリの洋館ですが、2階にはバリバリの和室。YMCAに参加する日本人に馴染みやすいように、と設置したようです。

 

お次はヴォーリズ記念館。ヴォーリズが晩年暮らした住宅です。

 

玄関は脇に。

 

「一柳米来留」の表札がかかっています。日米関係が悪化する中、1941年にヴォーリズ日本国籍を取得し帰化します。その時に選んだ日本名がこれです。名字は奥様のから、名前はミドルネームから「米より来たりて留まる」という意味を込めて漢字をあてたそうです。

 

リビングルームにはヴォーリズ直筆の額が飾られています、「神の国」というのはキリスト教的な意味での「神」。署名の下に「○書いてちょん」みたいなのがありますが、これは「近江八幡は世界の中心」という意味が込められています。これは「近江八幡」という場所が世界の中心だということではなく「いま自分がいるところが世界の中心=いま自分が近江八幡にいるんだからココが世界の中心」という意味合い。つまり「あなたがどこにいようと、そこがあなたにとって世界の中心なんですよ」ってメッセージなんだとか。

 

ツアーの最後は「ヴォーリズ学園」。

 

今でも幼稚園から高校までを擁する大きなミッション系の学校です。

 

この「ハイド記念館」が最後の訪問地でした。

 

メンソレータム社の創始者であるハイド夫妻からの寄付によって幼稚園舎として建てられたことから「ハイド記念館」の名が付けられました。

 

ヴォーリズ近江八幡に来たときに使ったトランクの一つが展示されていました。送り先が「八幡」と書かれていたため、間違って北九州の「八幡」に届いてしまったものもあったそうで…。まぁ八幡で官営製鉄所が操業を始めたような時期、外国人が行くんならそっちでしょ!と思われたのも仕方ないような気がする。

 

ハイド記念館に隣接する教育会館。体育館の内部も風情があります。

 

ヘレン・ケラーが来日した際にここで講演したことがあるそうです。

 

2階にはヴォーリズ夫人でこの学園の創立者でもある一柳満喜子の部屋も。この奥様も、なかなか波瀾万丈な人生を送られた方です。もと小野藩主の家に三女として生まれますが、女学校を出て単身アメリカに留学。アメリカには7年もいたそうです。帰国後、ヴォーリズと知り合い結婚することになるのですが、その後押しをした一人が広岡浅子。そう、あの朝の連ドラ「あさが来た」のモデルとなった、大同生命の創業者です。兄が広岡家に婿入りしたことから縁があったようです。またもと藩主で貴族院議員のお家ですから外国人との国際結婚は一大事、反対意見も相当あっったようですが、結婚を決めたときの一柳満喜子は既に30代半ば。それまで浮いた話がなかった娘がこのまま結婚しないよりは外国人でも結婚した方がよいのでは…と認められたんだとか。アメリカ留学中には教育実践活動にも熱心だったこともあって、教育に関する事業を手がけることになったようです。

 

幼稚舎時代の什器などもありましたが、籐の椅子は幼児サイズ。粗相をしたときも洗って干せばいい、というのもポイントだそう。

 

こちらで最後のレクチャーを聞いて、ツアーは終了となりました。

 

館内には様々な展示があるのですが、ヴォーリズ建築が海外にもある、というのはちょっと知りませんでした。ソウルの梨花女子大学って名門女子大じゃないですか! どうもこれはまだ残っているようなので、是非見に行ってみたいところ。

 

校庭には一柳満喜子の銅像もありました。

 

せっかく近江まで来たので近江牛でもランチで食べましょうか。

 

まぁビールとかもいっちゃうんですが。その町での体験がいい感じだと、財布の紐も緩んじゃうっての、ありません?

 

ちょっと豪華に近江牛の盛り合わせ。ローストビーフに焼肉、肉寿司を堪能しました。

いよいよプレオープン「ラビスタ東京ベイ」宿泊記+最期の「中銀カプセルタワー」。

東京は豊洲市場そばにオープンした「ラビスタ東京ベイ」に泊まってきました。いまは「プレオープン」という扱いで、グランドオープンは7月の模様。「ラビスタ」は「ドーミーイン」で知られる「共立メンテナンス」が展開するホテルブランドで、ドーミーイン豪華版、みたいな感じと考えれば解りやすいかもしれません。「ラビスタ」は「眺望」という意味、つまり「眺めが自慢」という位置づけ。有名なのは豪華朝食で名高いラビスタ函館ベイでしょうが、アレも最上階の温泉大浴場からの函館港の眺めが自慢でした。この「ラビスタ東京ベイ」も東京の夜景がウリらしいです。

 

ホテルはゆりかもめ「市場前」駅にほぼ直結。かなり大規模に見えますが、このグループのホテル全体で見ても最大級じゃないですかね?

 

パブリックエリアは撮影をご遠慮ください、とのことだったので写真少なめです。夜9時頃にチェックインしたのですが、幸いなことに待ち時間はほぼナシ。ただ、宿泊代金の精算がチェックイン時とチェックアウト後の両方で対応している様子なのが謎。自分は「先に精算です」だったのですが、お隣でチェックインしていた方は「チェックアウト時に」と案内されていました。

客室はスタンダードフロアのダブルルーム。洗面所などのエリアと居室が仕切られているのはドーミーイン系ではよく見るレイアウトですね。

 

お部屋は割と広め、やっぱり「ビジホ」よりもワンランク上想定であることが解ります。窓側には大きなソファも。

 

ベッドサイトにはエアコンやライトのコントロールパネル。電源はコンセントとUSBソケットが用意されています。

 

テレビの脇にはペットボトルの飲料水が2本。

 

引き出しにはグラスやカップなどが用意されていますが、お茶などはここにはありません。1階フロント脇にアメニティバーがあって歯ブラシやひげ剃りなど必要な分だけそこから持って行くようになっているのですが、お茶などもそこに用意されていました。

 

その下にタオルと館内着。大浴場があるので、タオルを入れて持って行ける手提げバッグもあります。

 

部屋にはトイレとシャワールームしか設置されていません。

 

大浴場があるのでこの程度なんでしょうが、シャワールームも広くて使い勝手は良さそうです。

 

客室からの眺めはこんな感じ。豊洲方面に面した「シティサイド」です。

 

最上階の温泉大浴場はレインボーブリッジなど東京湾の夜景が広がり、確かに絶景でした。内湯も大きな窓がありますが、露天風呂もあります。また脱衣場には外に出られるテラスもあるので、今くらいの時期なら涼むにはちょうどいいかも。同じフロアには湯上がりラウンジもあり、夜はアイスキャンディー、朝はジュースなどが無料で振る舞われます。

 

ドーミーイン系といえばもう「名物」ともいえる夜鳴きラーメン、この「ラビスタ東京ベイ」でも提供されています。ただありつくまでに30分近く並んで待つ羽目に…。そこまでして喰いたいか?とか言われそうですが、なんか旨いのよコレ。で、何も具の入っていない麺とスープだけの器を渡されて吃驚。えっ素ラーメン?と思ったのですが、別のコーナーにメンマやチャーシュー、海苔などの「具」バイキングが用意されているんですね。提供の効率は上げられるだろうし、お客としても好きな具を好きなだけ載せられるしで、そんなに悪くないやり方かもね。

 

朝食も2階ロビーフロアのレストランで戴きます。朝食券はなくルームキーで確認するのですが、こちらも入場まで30分ほど待つことになりました。受付が終わると自由席とのこと。窓に面したところが一部カウンター席になっているので、そちらに陣取ります。

 

こちらの朝食、噂には聞いていましたがかなり豪華。「ラビスタ函館ベイ」名物の「いくらかけ放題海鮮丼」がここでも堪能できちゃうんですから。ほかにもカンパチやタイなど充実してました。

 

フルーツやデザート類も割といろいろあって、かなり楽しめます。

 

チェックアウト時間となる11時ちょっと前に出ようとしたのですが、皆さん考えることは同じらしくチェックアウトは大行列でした…。ただ、チェックイン時に精算が済んでいる客はフロントデスクで簡単な確認のみで済むところ、チェックアウト時の精算となった客は精算機での支払いとなるらしく、かなり待たされている模様。このホテル、ハードウェア的には申し分ないんだけど人的・ソフト面が「まだまだ」なのかも…。特にお客が集中する時間帯の捌き方は改善の余地ありですな。まぁ今はプレオープンなので多めに見てあげないとダメでしょうけど。

 

ゆりかもめ新豊洲駅。そういえばコレ、汐留に行けるのよね。

 

大人げなく最前列のシートを確保して出発進行!

 

汐留で降りてやってきたのは「中銀カプセルタワー」。去年の夏に室内見学にきたところです。

 

slips.hatenablog.com

 

その時点でも既に取り壊しの方向性は決まっていたのですが、いよいよこの春から本格的な解体工事が始まったとのこと。もう一度、あの姿を見ておきたいと思ったんです。既にタワーの半分には足場が組まれ、仮囲いも伸びてきています。これはあと1週間もすればビルの姿は一切外から見えないレベルまで行っちゃう感じだったな…。

 

すでに「土台」にあたる部分は仮囲いで完全に覆われていますが、カプセルの姿はまだ拝むことができます。

 

裏手にあった別棟は既に完全に取り壊し済み。おかげで、今までよく見えなかった裏側からのカプセルタワービルの姿が見れたのはよかったかも。それにしても外観はかなり痛んでおり、よく今まで保ったなぁ、という気がしなくもありません。

 

解体にあたっていくつかのカプセルは取り外され、様々なところで保存される予定だとか。中には宿泊できるようにする計画もあるらしいですが、また見られるところが決まれば是非訪問したいところです。

何故かインバウンドに大人気!MIHO MUSEUMの謎を解き明かせ&琵琶湖マリオットホテル宿泊。

滋賀県信楽の山奥に「MIHO MUSEUM」という美術館があります。正直、日本でもそれほど有名だとは言いがたいところなんですが、訪日外国人、特に欧州あたりからの旅行者にはかなり知られた存在。いったい何故?なにがそんなにいいの?とずっと不思議の思っていました。これは行って確かめるしかないぞ、とは思っていたのですが、決して交通の便がいい場所でもないので、なかなかチャンスがなく…。昨年夏も計画していたものの、大雨で美術館までの道が崖崩れで通行止めとなって路線バスが運休とか、まぁそんなのが続いていました。で、やっと訪問の機会となりました。

 

今回はマイカー移動。新名神信楽ICから一般道に流出しましたが、高速を出てすぐのところに何やら碑のようなものが。これはもしかして…。

 

1991年に発生した「信楽高原鉄道列車衝突事故」の慰霊碑でした。ちょうど信楽で行われていた陶芸祭の来場者を満載した列車が正面衝突、死者42名に負傷者614名を出した大事故なのですが、JRからの直通運転の列車も絡んだ事故だったために他社への乗り入れに際した安全体制の見直しが行われたりしたそうです。また航空や鉄道の事故を調査する運輸安全委員会の設立のきっかけの一つでもあるんだとか。

 

信楽ICから山道を走ること約20分、「こんなところに?」と思うような人里離れた場所に「MIHO MUSEUM」はありました。

 

この美術館、広大な敷地に建てられています。チケットカウンターなどを擁するレセプション棟から遊歩道を10分ほど歩いたところに美術館の本館がある、という配置。

 

まずはレセプション棟へ。

 

もう昼過ぎだったので、まずはランチにしました。レセプション棟にはレストラン「ピーチバレイ」があります。

 

メニューはこの日は2種類で、おにぎりの定食と春野菜のパスタからのチョイス。パスタを選びましたが、野菜の味が濃くてお上品な風味でした。

 

それでは本館へ向かいましょう。桜並木の遊歩道を歩いて行くのですが、ラッキーなことにちょうど桜が見頃でした。

 

坂道を登っていくとトンネルがあります。

 

結構長いトンネルを抜けると…。

 

美術館の本館が見えてきました。

 

谷間にかかる吊り橋を渡ってアプローチします。この美術館、中国系アメリカ人の建築家であるI.M.ペイの作品。「桃源郷」をモチーフに設計したそうですが、桜並木に導かれてトンネルを抜けると視界が開けて別世界…という構成は確かに「桃源郷」的です。

 

I.M.ペイルーブル美術館のリニューアルの際に造られた「ルーブル・ピラミッド」を手がけた人でもあります。MIHO MUSEUMもペイらしいガラスと鉄骨を組み合わせたスタイルなのですが、ライムストーンと木製のルーバーがどこか優しい印象を与えてくれます。

 

エントランスロビーの大きな窓の向こうには、なにやら奇妙な建物が。実はこの美術館、新興宗教神慈秀明会が造ったモノなんですよ。もしかしたら40代以上の方ならその昔、ターミナル駅などで「あなたの幸せを祈らせてください」とか寄ってきた「手かざし」の人たちがいたことを覚えているかもしれませんが、あれがココだったりします。もう今ではやってないそうですが。教義として芸術に触れることも推奨しているそうで、この美術館も教団が収集したコレクションを展示するために建設されたらしいです。で、この建物のあるあたりが教団の本部。手前の台形の建物は教祖殿で、設計は日系アメリカ人建築家のミノル・ヤマサキ911で破壊されたワールドトレードセンターの設計で有名な人ですね。奥の方の塔はカリヨン塔で、これもI.M.ペイの手によるもの。なんだその豪華設計陣は。

 

このときは特別展として「懐石の器」展を開催していました。本来の「懐石」って先に「ごはん」を食べるものだったのか! 非常に解りやすくかつ丁寧な説明や内容で、キュレーション能力は相当なものであることが伺えます。

 

常設展示は古代エジプトから東洋まで幅広いコレクションが展示されていました。なかなかの佳作揃いではあるのですが、正直な感想を言ってしまえば、このコレクション「だけ」を目当てにわざわざ欧州から訪問しているとはちょっと思えませんでした。古代ローマとかエジプトの美術品ならもっと近いところにありますしね。やっぱり、このI.M.ペイの傑作ともいえる「美術館建築」そのものが「美術品」として価値を評価されているから、と考えるのが妥当かも。もちろん、そこに並ぶ美しい美術品も欠かせないとは思いますし、企画展の「企画力」も高いことも要因の一つでしょうけどね。

 

1時間ほど観覧し、来た道を戻ります。

 

今度は長いトンネルを抜けると桜並木、というニクい演出です。

 

やっぱり桜が綺麗なこの時期が、MIHO MUSEUMの一番の「旬」なのかもしれません。

 

今開催中の特別展は8月までですが、7月からは展示内容が変わる様子。9月からは別の特別展が予定されています。今回の展示も内容はかなり良かったので、また別の企画の時に来てみたいと思います。

 

MIHO MUSEUMから山を下り琵琶湖へ。途中ショッピングモール「ピエリ守山」に立ち寄ってみました。ここは以前「明るい廃墟」なんて話題になったところ。その後オーナーも変わってリニューアルし、今では多数のテナントも入る賑わいを取り戻しています。1階には地場系のスーパーが入居しておりお値段はお安めなんですが、デリカ系がちょっと弱いかな。

 

今日はそのピエリ守山の近く「琵琶湖マリオットホテル」に宿泊です。

 

フロントでチェックイン。スーペリアルームで予約していたのですが、プラチナエリートのアップグレードで琵琶湖側のデラックスルームにしてもらえました。

 

部屋は広々としていて快適そうです。

 

窓側にはソファが置かれ、窓からは琵琶湖が一望です。

 

テーブル上にはクッキーとジンジャエールが用意されていました。

 

バスルームも綺麗。

 

アメニティはタイのTANNが置かれていたり。お洒落ですねぇ。

 

こちらのホテル、プラチナエリート会員は朝食とラウンジアクセスの特典があります。ラウンジのオープンは御膳11時からとなり、朝食は12階のレストランでのみの提供でした。

 

ラウンジは1階のロビーの一角に用意されています。

 

フード類も割と充実していて、軽い夕食程度ならココでも充分かも。

 

こちらのホテルは温泉大浴場もあったりします。隣接する「スポーツセンター」内にあるのですが、部屋と温泉との往来は館内着でOK。

 

ここで靴やスリッパを脱いで下のフロアへ。

 

温泉に隣接してプールもあって、こちらも利用可能。温泉大浴場については特に外の景色が見えるようなこともなく割と普通の雰囲気でした。

 

翌朝は晴れ。窓からの琵琶湖もいい感じです。

 

朝食は最上階の「Grill & Dining G」で。

 

窓側の席を用意していただきました。

 

ビュッフェ形式で豊富な品揃えですが、なんとなく「ごはん」で和食寄りにしたいラインナップといった印象。卵料理は注文して持ってきて貰う形なんですが、滋賀の郷土料理である「えび豆」を使ったオムレツなんてものも。

 

フレンチトーストを貰ってみましたが、これも旨い。まぁどれも外れはありません。

 

次の予定もあったので、レイトチェックアウトはぜずに11時過ぎには退館。なかなか快適な滞在でした。

 

秘境と桜とご開帳in信州、その2:ちょうど見頃!松本城の桜と善光寺ご開帳。

ちょうどいいタイミングでした。

 

辰野で中央線に乗り換えて塩尻、そこから松本へ向かいます。もともとは諏訪の御柱祭を見に行こうと友人とスケジュールを合わせていたのですが、今回はコロナ禍で数多くの行事が中止や縮小になり、観覧席も設置されないことになりました。せっかく予定を調整したのに勿体ない、と「飯田線秘境駅号」に乗るプランに変更したものの、飯田から先どうするか、全然決められない状態に。そしたら松本城の桜が開花し、この週末から夜桜のライトアップも行われることとなったため、そちらへ行こう、ということになったわけです。

 

松本駅到着後、タクシーで松本城へ。松本城では開花宣言の3日後から8日間、夜桜のライトアップが行われることになっており、今年は4月8日から15日の開催となりました。

 

国宝松本城桜会では、昼間は有料となる本丸庭園がなんと無料で開放されます。天守閣に登ることはできませんが、ライトアップに電気代もかかっているだろうに太っ腹です。綺麗なライトアップを見せるかわりに通常より割り増しの拝観料を取る京都の神社仏閣みたいなところもあるのに…。

 

まぁお城と桜なんて組み合わせ、美しくないわけがありませんわ。

 

お城の周りのお堀に植えられた桜も「桜並木光の回廊」として、松本城と同じ帰還でライトアップが行われます。夜桜観覧という点ではこちらのほうが見ごたえあるかも。

 

この日はお天気もよく無風、お堀に映る「逆さ桜」も美しい。

 

桜の合間から見える天守閣。日本って感じだねぇ。

 

やっぱり桜と日本風の建物は映えますね。

 

時間は遅くなりましたが、やっと晩ご飯。松本駅前の有名店「風林火山」へお邪魔しました。大人気の居酒屋で、コロナ前は予約してないと入れないほどでしたが、今は予約不可になっているようです。ラッキーなことに今回はすぐ入店できました。

 

信州に来たんだし…と日本酒から始めます。諏訪の「御湖鶴」の生ドラフト日本酒なんてのがあったので注文。しぼりたてのフレッシュな状態を保てる特殊な容器から注いでくれます。

 

食べ物も信州名物を。山賊焼きや信州サーモン…。

 

馬刺しなんかも食べてみたりして。

 

小布施ワイナリーが造る日本酒「ソガペールエフィス」とかあったりするじゃんココ。通販とかに出ないので割とレアなんだよね…。

 

夜桜だけでは勿体ないと、翌朝にも松本城まで来てしまいました。

 

晴天の下の桜もお見事。松本あたりだと雪を被った山々を背景とした桜が楽しめるのがいいですね。

 

昼間の本丸公園への入場はもちろん有料。天守閣にも昇りましたが、階段が急でキツいのなんの。

 

ホントに桜の見頃に松本に来れたのはラッキーだったな。

 

お堀の桜並木を堪能していると、ちょうどいい時間に松本駅行きのバスが来たので乗車。

 

松本駅に戻ったら特急「しなの」で長野まで移動。松本から長野までは自由席特急料金が1200円もします。ところが、これが1枚あたり500円ちょっとくらいまで安くなる4枚綴りの回数券が販売されており、これが金券ショップなどで扱われていました。ちょうど松本駅前に金券ショップがあり、店頭の自動販売機で1枚650円で購入できちゃいました。

 

長野までは1時間弱、結構遠いのね。長野駅に着いたところでお昼時でしたので、駅ビルの「信州蕎麦の草笛」へ。

 

こちらは「くるみ蕎麦」が名物らしいので、そちらを注文。「当店のお蕎麦は量が多くて普通盛りでも他店の1.5倍くらいありますがよろしいですか?」と言われたのですが、「まぁお蕎麦屋の盛りの多さとか大したことないんでしょ?」と嘗めてかかったら大間違い。もの凄い量でした…。そのあと全然お腹が減らなかったもん。「くるみ蕎麦」はくるみだれで食べるお蕎麦で、ペースト状になったくるみをそばつゆで溶きながら蕎麦を頂くのですが、これがまぁ絶品でした。

 

昼食後はバスで善光寺へ向かいます。ここ善光寺ではちょうどご開帳が始まったばかり。善光寺のご開帳は7年に一度なんですが、本来は昨年だったものがコロナ禍で延期され今年の開催となった由。

 

参道を仁王門へ。

 

さすがに多くの人で賑わっています。

 

山門を通って…。

 

で、ここまで来ておきながら「そもそもご開帳って何だっけ?」という話に。事前に勉強して来いよ!って感じですが、善光寺のご本尊である「一光三尊阿弥陀如来」を7年に一度公開する行事です。ただしご本尊は絶対秘仏とされているので誰も見ることができないため、公開されるのは同じ姿の前立本尊。1000年以上もご本尊は誰も見たことがないって今どうなってんだろ…とか考えちゃダメですね多分。本堂の前に立てられているのが回向柱で、前立本尊と糸で結ばれているので、これに触れると前立本尊に触れるのと同じような御利益があるそうな。

 

本堂では前立本尊を拝めますが、ここからは撮影禁止。

 

山門には登ることができるんですね。長野の街並みが意外とよく見えます。

 

もちろん境内も一望です。

 

お参りのあとは参道にあった「八幡屋礒五郎」の本店へ寄ってみました。

 

なんとココ、奥の方にお洒落なカフェが設置されていたりするんです。七味やスパイスを使ったメニューが楽しめます。

 

カフェ的に「2つのスパイス・チーズケーキ」を注文。バスク風チーズケーキは七味などが使われていますが、確かにちょっとピリッととした感じが味に混ざってました。他にもスパイス入りのジェラートなど変わったメニューもありますが、カレーなど「そりゃスパイス入るだろ」ってのもあるよ。

 

長野駅から新幹線で東京方面へ帰る友人と別れ、こちらは特急「しなの」で名古屋まで帰ります。こっちはまだ木曽の山奥を走ってるのに「さきほど帰りました」ってメッセージ貰うの、何か腑に落ちない。

 

夕食は友人のお勧めを車内で。

 

栗の和菓子で知られる小布施の「竹風堂」の栗おこわです。長野駅前の「ながの東急」の地下に支店があって、そちらで購入可能。注文するとホカホカのやつをその場で折に詰めてくれます。老舗の味だけあってまぁお上品。おいしゅうございました。

 

秘境と桜とご開帳in信州、その1:急行「飯田線秘境駅号」でJR東海の弾けっぷり堪能。

愛知県の豊橋から長野県の辰野までを結ぶJR東海のローカル線「飯田線」。もともとは4社の私鉄だったのを統合して国有化したことから200km足らずの距離に94もの駅があり、普通列車で乗り通すとたっぷり6時間はかかるという、ある意味「偉大なるローカル線」です。豊橋からの都市近郊路線から山間部の険しい区間まで車窓風景が変化に富んでいるのも特徴ですが、この路線を有名にしているものの一つが「秘境駅」でしょう。周囲に人の気配がないとか駅まで道が通ってないとか「なんでこんなトコに駅が?」というようなところにある駅を「秘境駅」なんて呼んだりしますが、その「秘境駅」が飯田線には多数存在しています。ただ、もともと本数の少ないローカル線に存在することから「秘境駅」を巡るのは大変。それを逆手にとるかのごとく、JR東海が2010年から運転しているのが急行「飯田線秘境駅号」です。もともとはツアー用の団体列車として始まったのですが好評だったのかその後は臨時の急行列車として、毎年春と秋の週末に運転されるようになりました。運転開始から既に10年以上経ちますが、訪問しにくい秘境駅をまとめて堪能できる魅力から常に満席。そんな列車が運良く確保できたので、久々に乗ってみることにしました。

 

今回は東京からの友人と豊橋で合流。こちらも豊橋で前泊することにしました。宿泊先は「豊橋ステーションホテル」、「ステーション」と名乗る割には豊橋駅からはちょっと離れてるぞ…。

 

こちらは「くれたけイン」グループのホテル。夜のウェルカムドリンクのサービスはこちらでも行われていました。夜8時までってのがちょっと短いけど、タダで貰えるんだから文句言っちゃダメよね。

 

お部屋はごく普通のビジホスタイル。

 

メンバーが揃ったところで晩ご飯へ、「広小路でんでん」にお邪魔します。こちらは豊橋名物ちくわ「ヤマサ」の直営店なんです。

 

そういうわけで、ここでは「ちくわ」が主役。名物メニューという「握りちくわ」は卓上に用意された炭火コンロを使い、自分でちくわを焼いて食べるというもの。

 

常にくるくる回さないと、均等で綺麗な焼き色が付きません。結構難しいなコレ…。でも楽しいし、なんせ旨いな焼きたてのちくわって。他にもちくわや練り物のメニューが多数揃っていて美味だし酒にも合ってサイコーでした。

 

一晩明けて豊橋駅へ。いよいよ「飯田線秘境駅号」へ乗車しますが、駅の出発案内板も特別仕様になってました。

 

しかもデザインが変わるという手の込みよう。

 

豊橋駅では東海道線の列車なども発着する4番線からの出発。ホームには特製のトレインマークを付けた371系が入線してきました。

 

ホームにはお見送りの駅員さんも多くいて賑やか、観光列車の出発らしい雰囲気になってます。あれ?JR東海も結構がんばってない?

 

ホームでの盛大なお見送りを受けて豊橋駅を定刻で発車しましたが、その先でも気合いの入ったご挨拶が。おいおいどうしたキミ達。車内アナウンスも基本は押さえつつ所々にボケをかましてきます。なんか「普段は真面目な学級委員長をカラオケに連れて行ったらヒゲダン激ウマで歌い始めた」みたいな気分…。

 

車内では引き続き沿線案内などのアナウンスが結構入ります。ここで豊橋仕入れてきた「ブラックサンダー」のカップアイスを頂きました。これは豊橋駅からも近い地元の洋菓子店「マッターホーン」で販売しているもの。「ブラックサンダー」で有名なユーラク製菓は豊橋に工場があるのですが、その直営店で販売するために「マッターホーン」がほぼ手作りで製造しているんだそうな。帰るのは豊橋と東京・小平の工場直売店とこの「マッターホーン」だけ。チョコアイスの中に超ミニサイズのブラックサンダーがさくさくのまま入っていて旨いです。

 

最初の停車駅は新城。ここで24分間停車します。駅員さんも歓迎のボードでお出迎えしてくれました。

 

なお、ここは新城市の中心部にあたり「秘境駅」ではありません。指定券の買える「きっぷうりば」もあるしね。

 

駅の待合室にも歓迎の飾り付けが。気合い入ってるなぁ…。JR東海というと「新幹線の儲けで喰えてる、面白みのないカイシャ」って印象が強い方も多いと思いますが、実は「やればできる子」なんだと思いますよ。

 

駅構内では地元の皆さんによる特産品などの即売会が行われていました。「くまコロッケ」ってのがありましたが、隣で「くまコロッケって何が入ってるんですか?」「熊入ってますけど」なんて会話が。割とカジュアルにジビエ売るな…。

 

ここでは豊橋行きの上り列車の交換と、あとから来た飯田行き特急「伊那路」の通過待ちがあります。長閑な駅のホームに3本の列車が並ぶのも壮観かな。

 

お次は柿平

 

秘境駅ランキング170位ということで「秘境感」はそれほどでありません。2019年秋の運行から停車するようになったとか。

 

次の東栄には10分停車。ここは秘境駅扱いではなく、立派な駅舎があります。

 

東栄の駅前でも特産品販売が行われていました。蕨の醤油漬けが旨そうだったので所望。豊橋駅で購入しておいたアルコールと共に摂取です。

 

次は大嵐。

 

16分停車しますが、ここでも物産販売が。駅自体は浜松市に位置しているのですが、川の向こうは愛知県の豊根村。この販売隊も豊根村の皆さんです。

 

駅の前には佐久間湖が広がり、いかにも山奥です。

 

さてさて、いよいよこの辺から「秘境駅号」の本領発揮です。次の停車駅は小和田、秘境駅ランキング3位という大物登場。

 

実はこの駅、30年ほど前にちょっとしたブームを呼んだことがあります。いまの皇后である雅子さまの旧姓は読み仮名は違いますが漢字は同じ「小和田」。ご成婚の際にそれが話題になり、ここで結婚式を挙げるイベントなども行われました。その時に運転された臨時列車のヘッドマークが、今でも飾られています。

 

回りには朽ち果てた建物しかありませんが、駅舎はかなり丁寧に扱われている印象です。ここは静岡県・愛知県・長野県の県境が交わるところでもあり、ホームにその標識があったはずなんですが、今回は見つけられませんでした。

 

続いて秘境駅ランキング10位の中井侍

 

ここは急斜面に張り付いたような茶畑の麓のような場所に駅が設置されています。駅を使いそうなのはこの上のお茶農家の皆さんくらい、って感じ。

 

次は伊那小沢秘境駅ランキングは61位だそうです。

 

相変わらず周囲には何もなく「何のための駅?」という感じですが…。

 

午後1時半頃に平岡に到着、34分と長時間停車します。

 

ここ平岡駅は駅舎に温泉・ホテル・レストランが併設されている、なかなか立派な建物になっています。30分あれば日帰り入浴くらいできるかも?

 

でも駅脇の広場では多くの出店があって、こっちを見る方が楽しいかもしれません。特産品など、いろいろ売られていました。

 

地元の皆さんの賑やかなお見送りで出発。

 

次は為栗秘境駅ランキングでは13位です。

 

ここも周囲に人が住んでいる気配はなさそうですが、近くにあった集落がダム建設で水没して消滅、駅だけ残された…といった事情だそうな。なお、ここで乗務していた車掌の2名が下車しました。どうもここで上りの秘境駅号へ乗務するようです。

 

駅の目の前には天竜川がすぐ迫ってます。

 

お次は秘境駅ランキング5位の田本。

 

トンネルに挟まれた山の急斜面に位置し、見るからに「秘境駅」といった感じです。駅から出る唯一の通路はトンネルの上を通っており、そこが駅全体が見渡せるスポット。条約数が多いので2交代で順番に訪問するよう誘導されました。この「飯田線秘境駅号」、今日は満席のご予約。巡りにくい秘境駅を手軽に回れるのはいいのですが、3両編成で満員のお客さんが一度に降りるので「賑やか」になっちゃう点だけが玉に瑕かもね…。

 

次に停車する金野も秘境駅ランキング6位という強者。駅名標の「金」の文字に触ると金運が上がるとかなんとか。

 

ここも周囲には何もない様子。それもそのはず、駅名の由来となった金野の集落まではここから歩いて1時間、らしいしね。

 

そして「秘境駅」としては最後の停車駅となる千代。

 

秘境駅ランキング20位だそうですが、駅前?にはクルマが入って来れそうな道路は繋がっている様子。

 

飯田線の中でも主要駅の一つである天竜峡ですが、3分ほどの停車ですぐ発車です。ここで運転手と車掌は総入れ替えとなります。

 

天竜峡から乗り込んできた車掌さん、「いよいよここからオレの最高のアナウンスが火を噴くぜ!と思ったらあと15分しかないから黙っておきます」的な車内放送をかましてくれました、お茶目。で、いよいよ終点の飯田に到着しました。ここまでなんと5時間40分! ただ、途中の停車駅でのイベントや見学も楽しく、あっという間に過ぎてしまった感じです。JR東海の皆さんや沿線の皆さんのサービス精神もなかなかのもので、JR九州JR四国の観光列車と比較してもいい勝負かもしれません。車両は一般的に使われている371系のままですが、人的な対応だけでも充分「観光列車」にはなり得る、って感じなのかも。

 

駅には飯田周辺のゆるキャラの皆さんのパネルもお出迎えしてくれました。かなり手の込んだ371系の模型も置かれてるし。

 

飯田からは飯田線を先に進んでいきます。

 

20分の接続で上諏訪行きの普通列車に乗り換えたのですが…JR東日本所属の211系、オールロングシートの車両じゃん…。ちょっとガッカリ。

 

実は豊橋駅で買い込んでおいた壺屋の稲荷寿司があったのですが、「飯田線秘境駅号」乗車中が忙しくて食べそびれていました。飯田から乗り換える車内で食べればいいや、と思っていたんですが…。結局ロングシートに座って食べましたけどね。