いま、未曾有の危機に見舞われている航空業界。
国際線の旅客需要は蒸発、国内線も度重なる緊急事態宣言で回復は遠く、昨年はエアアジア・ジャパンが破綻してしまったほど。
それでもなんとか収益をあげようと各社とも様々な試みを行っていますが、なかでもアグレッシブなのがANAかもしれません。フラッグシップともいえるA380を使用した各地での遊覧飛行や機内食販売など…。今年4月にはついに飛行機を飛ばさず、国際線用のB777を地上に置いたまま機内食を食べる企画まで開始してしまいました。そして今度はA380で同じコトを実施することに。「地上で機内食」企画は抽選制だった遊覧飛行と違い先着順での受付だったのですが、なんとA380のファーストクラスの予約が取れてしまったんです。
なお、この「レストランFLYING HONU」、ファーストクラスのお代金はなんと59,800円と相当なお値段。それでも価値あるかな、と思ったのは…。
1. A380自体が「レアもの」化しつつある
大手航空会社の長距離国際線の主力機材がB787やA350中心となっていく中、もともとサイズが大きくて適した路線が限られ、一世代前のエンジンを4つ積んだA380は新型コロナ前から既に「持て余し気味」な存在でした。それが新型コロナ禍で航空需要が激減すると顕在化。エールフランスは9機保有していたA380の即時退役を決定し、自分も一昨年に搭乗したエティハド航空も正式アナウンスはないもののウェブサイトの保有機案内からA380を削除してしまいました。経営状況が厳しいマレーシア航空やタイ国際航空も退役させる方向ですし、カタール航空もCEOがA380をクソミソに貶す始末。今のところ、まだ暫く使いそうなのは100機以上を保有してまだ新造機を受け取る予定のエミレーツ、発着枠が限られているため大型機を投入するメリットのあるロンドン・ヒースロー空港を本拠とするブリティッシュエアウェイズなど、限られた存在となりそうです。こんな状況なので退役した機材も次の活躍先がなく、エールフランスから引退したA380は製造後わずか10年ちょっとでスクラップにされてしまいました。つまり何が言いたいのかというと「アフターコロナでA380に乗れるチャンスは恐らく激減してるよ」ってことです。まぁANAのA380は導入したばかりですし、それなりに手堅い需要のあるハワイ路線向けの上にここ最近の遊覧飛行人気で機材自体の集客力の強さも証明できたので暫く安泰なんじゃないかとは思いますが。
2. 機内見学付きである
ANAが購入したA380は3機ですが、日本にあるのは2機で、1機はまだフランスのトゥールーズのエアバス工場に置かれたまま。今回の企画はその2機を活用し、1機はレストラン、もう1機は機内見学用にするという、なかなか贅沢なものです。実際にA380に搭乗できたとしても、自分が利用するクラス以外のゾーンを見て廻ることは難しいですし、それが上級クラスとなれば尚更。これはなかなか貴重なチャンスなんじゃないかと。
3. そもそもハワイへファーストクラスで、って機会がなさそう
ANAのA380で行くホノルル、ファーストクラスの運賃は往復35万円から、ということになってますが、実際には60万円以上はするみたいです。正直ここまで払って乗るってことはまずないだろうし、「マイルを貯めて」ってのも12万マイルくらい必要なので、それだけマイル持ってれば他の路線でビジネスクラスとか、そっちを選びたくなります。つまり、マトモにカネ払って乗ることは多分ないだろうから、この機会に体験しとけ、と思った次第。
4. ANAのファーストクラス座席としては最新の設備になってる
ANAの長距離路線ファーストは2019年にマイル使って乗りました。ただ、その時利用したB777に装備されていたのは一世代前のシート。実はその直前にファーストクラス、ビジネスクラスとも隈研吾デザインの新プロダクトが導入され始めており、ファーストクラスも通路側にドアがついて個室っぽくできるなどのアップデートがされたんです。A380にはそれとほぼ同じファーストクラスのシートが搭載されているので、コレを体験してみたかったんです。
で、やって来たのは成田空港第1ターミナル、南ウイング1階のANA国内線カウンター。受付時間は利用クラス毎にずらして設定されており、ファースト・ビジネスは午前11時~11時半の30分間が指定されていました。
かなり長い列ができていたのですが、ファーストクラス利用であることを確認するとスタッフさんが優先的にカウンターに案内してくれました。お、ここから上級クラスのえこひいき始まるのか。
カウンターではちゃんと「搭乗券」を貰い、そこから国内線の出発口へ進みます。飛ばないとはいえ保安区域に入ることになるので、通常の国内線利用と同じ基準でのセキュリティチェックがありました。
ゲートの表記は「NH2029便ホノルル行き」、出発時間も20:10と「いかにもハワイ行きが飛びそうな時間」になっています。脇のモニターには今日の企画用の表示も出ていました。
飛行機まではバスで移動しますが、利用クラス毎の案内になっていました。ファーストクラス利用者の案内は一番最後で12時少し前くらいから開始。ファーストの利用者8名で1台のバスを用意する贅沢っぷりです。
ではFLYING HONUを目指して出発。バスの前面にも「レストラン機」なんて表示出してるのね。
暫く走ると、駐機する2機のA380が見えてきました。もともと横風用滑走路の予定地だったエリアに最近増設されたスポットに置いてあるようです。
そしていよいよ、レストラン機に到着。機内食を戴くのはANAのA380として1号機となる、「ハワイの空」をイメージした青塗装のものです。
なんせこんな企画にカネ払って参加するくらいなので、他の皆さんもガチの航空ファンでANAファンばかり。某有名な方もおりましたよ。そうなったら勿論ここで撮影タイムが始まるわけです。通常運航では成田でもホノルルでもボーディングブリッジを使っての運用のはずなので、こうやってランプからA380をじっくり眺めるチャンスはなさそう。そう考えるとコレはかなりレア体験?
地上から見上げるとその大きさを実感できるA380のシップサイドで一通りテンション上がったところで、機内へ入ります。
こちらがANAのA380のファーストクラス座席。2階席の前方に位置します。座席にはスリッパにブランケットが用意され、なかなか「ホントのフライト」みたいな感じ。手書きのウェルカムメッセージが書かれたカードも。ただ、「キャビンウェアへのお着替え」はさすがにありませんでした…。
正面のモニターはなんと32インチの大画面。もう「家」じゃんこんなの。
シートはパーティションで囲まれて個室感強めですが、それに加えて通路側にドアも設置されているので、これを閉めれば更に個室感アップ。
シートやエンターテインメントシステムのコントロールは全てこちらに纏められています。
通路側のパーティションにはパンフラックが。
開けると、中は鏡になってました。
窓の向こうには隣の2号機が見えます。
ブラインドの開閉がボタンで自動になってるのは少し吃驚。
暫くすると、ウェルカムドリンクから機内サービスが始まりました。シャンパンかオレンジジュースのチョイスですが、そりゃ呑みますわね。
続いて、テーブルが用意されました。真っ白なリネンも勿論敷かれます。
このフライト?のためのメニューもちゃんと用意されています。
この「レストランFLYING HONU」ではドリンクも料金に含まれているのですが、そのラインアップは実際のフライト並の豊富さです。ANAのファーストクラスといえばコレ!とも言える高級シャンパンのクリュッグも入ってるとは太っ腹。ウイスキーもサントリー響17年とかしれっと入ってますが、これも入手困難で今の市場価格は一本7~8万円くらいしてなかったっけ?
こちらは食事のメニューで、和食と洋食が選択可能。ただ、予約の際に事前に和食か洋食か、洋食の場合は前菜・メイン・デザートを全て選択するようになっているので、ここで選ぶわけではありません。
お食事はアミューズから始まります。抹茶アーモンドパイスティック、シーフードのタルタル、富山湾産の白えびの昆布〆、フォアグラロールの4品。
ここでドリンクのお替わり。食前酒っぽい感じでミモザにしてみました。
エンターテイメントシステムは利用できませんが、そのかわりに様々なオリジナルのビデオが流されました。これは「HONUトリビア」として、A380などの豆知識をクイズ形式で紹介するもの。他にもANAホノルル支店のスタッフからのメッセージビデオもありました。あ、その前にはちゃんと「安全ビデオ」も流れましたよ。
それにしてもケータラーにゆるキャラいたのかよ!
で、またシャンパンを戴いてしまうのでした。チョイスは勿論クリュッグ。普通に買えば一本3万円以上は軽く吹っ飛び、ファインダイニングでグラスで戴いたら「一杯5000円」でお値打ち!と言われてしまうほどのシロモノが飲み放題ですよ。
グラスが空きそうになるとすかさずCAさんが「追加はいかがですか?」と勧めてくれるんだもの、まるでわんこそばならぬ「わんこクリュッグ」ですわ。
パンも4種類が用意され、好きなものが選べます。
前菜は3種類から事前に選ぶ形でしたが、「赤ピーマンムースと蟹のガトー仕立て キャビアとともに」を頼んでおきました。なんせキャビアですもの、という貧乏人根性ですけどね…。
何故かメニューブックには記載がなかったのですが、お次はガーデンサラダ。ドレッシングは枝豆を使ったものがあったので、そちらでお願いしました。
で、メインディッシュの登場です。4種類から「和牛フィレ肉のグリル 神戸ワインマスタード風味」を選択しました。お肉が柔らかくジューシーなのは勿論、ソースも美味。上に乗っているのは九条ネギで、オーソドックスな一皿に一捻りしてる感じです。ANAの機内食って「ちょっと捻ってる」感じのメニューが多いような気がするなぁ。
メインが牛肉なので、ここは正攻法で赤ワインを戴くことに。CAさんにお勧めを伺ったところ、こちらの「ボーヌ・プルミエ・クリュ・レ・サン・ヴィーニュドメーヌ・デュ・シャトー・ド・ムルソー2011」が出てきました。
これも普通に買うと1本2万円くらいはするみたいなんですよね…。
窓の外を見ると、メインデッキのエコノミークラスのお客さんらしき皆さんが一足先に降機中。ふふふ、庶民どもはとっとと帰るがよいぞ(ひでぇなおい)。
最後にデザートで〆。これも3種類から選べるようになっているのですが「桜モンブラン」にしました。添えられているのはカシスのシャーベット。プレートにはチョコレートでメッセージも描かれています。
食後はアイスコーヒーを戴きながらまったり。シートをフルフラットにしてみたりとか、意外とのんびりできるもんです。
食後のコーヒーとともにプティフールもサーブされました。殆ど通常時のファーストクラスのサービスと同じですねコレ多分。
こうしてファーストクラスで過ごすこと約3時間、名残惜しいですが降機のお時間です。
スタッフさんの案内でバスに乗車して…。
ホヌ1号機とはここでお別れ。
で、お隣に駐機中の2号機へ移動したのでした。
いや1号機からすぐそこじゃん!って感じですが、安全上の理由で徒歩移動ってわけにもいかなかったんだろうなぁ。
で、当然こちらでも皆さん、大撮影大会が始まるわけでございまして。それにしても、やっぱりデカいなA380。
こちらの2号機は機内見学専用機として待機しており、1階から2階まで全クラスを観て回れるようになっています。
ANAのA380は、1階は全てエコノミークラスとなっています。
こうして見ると、やっぱり広く感じますね。照明は色を変えられるようになっていますが、レインボー仕様になっています。
機内にはこんなパネルも。そうそう、この機材ってANAで運航を初めてまだ2年で、しかも新型コロナ禍でマトモに飛べた帰還は1年に満たないんだよね…。
ANAのA380のシートの特徴の一つは「スカイカウチ」かもしれません。エコノミークラスながらシートに横になれるというもので、確か元々はニュージーランド航空が開発したモノだった筈。窓際3席をカップルが買って一緒に寝るとか、中央4席をファミリーで買ってコドモを寝かせるとか、そういう需要を狙っているようです。実際にここに横になって試せましたが、座面が広がるので寝心地は良好。
後方の階段で2階へ上がります。この階段は旅客の利用を想定していないそうで、かなり狭かったです。シンガポール航空とかのA380の階段はもっと広かったけどな…。2階の後方にはプレミアムエコノミーのセクションがありました。
その前がビジネスクラス。
ANAのビジネスクラスとしては一般的なスタッガード配列ですが、ファミリー層も多いハワイ路線へ投入する機材ということもあって中央にはペアシートも用意されています。
で、最後が先ほど食事を堪能したファーストクラスのセクションです。
あ、ファーストクラスセクションにあるトイレ、凄く広いんですよ。エミレーツとかだとシャワーとか設置するようなスペースなんで余裕あるんでしょうが、ここで住めるレベルだぞコレ。
機内見学もおよそ50分ほど、かなりゆっくり見学できる余裕が用意されていました。
そんなわけで、集合から約5時間の楽しいツアーは終了です。
国内線到着口への出口で記念品が配布されましたが、こんな方々のお見送りも。A380をイメージしたキャラクターで、中央の青いのが1号機をイメージした「ラニ」、奥が2号機イメージの「カイ」、手前のオレンジのヤツが3号機イメージの「ラー」。それぞれぬいぐるみにもなっており、機内販売でも大人気だとか。こうして見るとまぁまぁ可愛いかな…。ちなみにこの皆さん、機内で流れる安全ビデオにも出演しておられます。ハワイ便は線用のビデオになってるんですよね。
なお、この日に記念品として頂いたのがコチラ。ファーストクラスのアメニティキットにANAマーク入りの扇子、ワイヤレスチャージャー、エコバッグに成田名物なごみの米屋のどら焼き、です。どら焼きはANAロゴやホヌの亀マークの焼き印が押された特注品でした。
そのほかにはポーチにレトルトカレー2個が。これに加えてチェックイン時にホヌのボールペンと「見学のしおり」も頂きました。
で、参加してみての全般的な感想ですが「興味あるなら行っとけ」。この内容で59,800円は下手すると「お買い得」かもしれません。とにかくANAの気合いの入り方が凄く、営業系から地上職、クルーに至るまで相当な数の要員が動員されているようで、しかも皆さんのやる気が伝わってくる感じなんですよ。これだけ人出と手間をかけてるのであれば、もしかしたら企画としてペイしてるかどうか怪しいのでは…。食事についても普段なかなか機会のないファーストクラスのミールにありつけるチャンスということに加え、フリードリンクってのはポイント高いかも。いいレストランって結局ドリンク代が結構嵩むでしょ。それを高級シャンパンまで贅沢にフリーフローって、下手すると酒代だけでモト取れるんじゃない? 実際、クリュッグ一本開けちゃった方もいたようですしね。機内見学もやっぱり楽しかったです。
あとは「飛ばない」って点ですが、むしろ「飛ばない」ほうがメリットあるかもしれません。なんせ「飛ばない」ので、飛ぶまでの面倒なプロシージャーは勿論ありません。シートベルトもしなくてOK。地上にいるので「上空だと気圧が低いので酒の回りが早いぞ」ってのを気にすることもない! つまり「飛行中にご注意ください」の面倒なハナシがないわけです。で、飛行機のシートに座って機内食を喰ってれば、飛んでなくてもそれなりに旅気分にはなるもんで、これはこれで充分「アリ」です。
また、考えてみたら快適なファーストクラスとはいえ、成田からホノルルまでは飛行時間は8~9時間程度。その3分の1程度となる3時間をソコで過ごせるのなら、その点でもコスパは悪くないと思いませんか?
「地上に駐まってる飛行機」とはいえ保安検査通してお客を送り込んだりとか、いろいろ関係各所との調整は大変なんでしょうが、もっとやればいいのにね、この企画。個人的にはかなりお勧めかもしれません。折角ならファーストくらい体験しておいたら?